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暴風雨「7大陸オーストラリア編5(カルステンツ版)」

登頂してベースキャンプに戻ると雨は強くなってきた。
湿った服は乾かずダイニングテントの床は雨でぬかるんできた。

夕食を食べて早めに個人テントに戻り夜を過ごしていると、雨と風の音が夜通し響きテントが揺れていた。
朝になっても雨が降り続き室内は雨漏り。持っていたシュラフは+5℃仕様で夜が寒くて服を着込み寝袋に潜り込んでいた。空には鼠色の雲が詰まっていて止む気配はない、寒いので火のあるキッチンテントへ温まりに行ったり雨漏りを避けるためにダイニングテントにいることにした。

衛星電話を借り日本行きのチケット変更を頼んだ。朝ごはんを食べ終わる頃に雨が弱まると風が強まってきた。時々より大きく吹いてはその度にテントが大きく揺れる。テントを抑えるぐらいの強風に何度か見舞われ、ある瞬間テントの反対側半分が私たちの方へ大きく凹むのが目に映った。気がつくと後ろの地面に椅子ごと飛ばされていて一瞬の事に何がおこったのか分からないでいた。

腰の痛みで岩に背中を打ち付けられたことに気がつき手のひらからは流血。横にいた倉岡さんはテーブルにあった残った食事を体に被り、カズは無傷で椅子に取り残されて座っていた。ダイニングテントは半壊し、辺りが静かになって外に出てみるとトイレテントは飛ばされ、キッチンテントの半分がもぎ取られ色々な物が散乱していた。

昼食と夕食はアメリカチームのダイニングテントにお邪魔した。いろんな話をする中で明日はヘリが来るけれど、町へ戻るチームが2組待っていて、私たちは早くても3番目であると知る。つまり来るとき同様順番待ちですぐに帰れないことになる。予定より長くBCに居たため毎日飲む癌の治療薬が無い。数日飲まなくても大丈夫だけれど急に不安に見舞われた。アメリカ人チームと地元のヘリのコントロールをしている人に薬が無くなったから直ぐに帰りたいと訴えた。

あと70キロは乗れる、体重と荷物で何キロだと聞かれ5人のところを6人で乗ることになった。この日の夜は静かだった翌朝は何事もなかったかのようにスッキリ晴れ。遠くからヘリの音が聞こえると救われたような気持ちになった。着陸したヘリには私たちの後発班が乗っていて、その一人の星野さんはスーツ姿で颯爽と現れた。

先に降りますと挨拶して入れ替わりでヘリに乗り込んだ。座席は私が乗ったから窮屈になったけれど荷物を抱えて我慢である。ドアが閉まり飛び立つ、しかしどうしても50センチ以上上がらない。3回ほど試してもうまくいかなくて副操縦士がメアリーのダッフルバッグを下に落とすと、スーうっと離陸した。ごめんなさい、私の荷物じゃなくてそして私が乗ってしまったから・・・と心で謝る。ティミカの町に戻りシャワーを浴びてその日中に一人バリ島へ戻った。

そして1日遅れでチーム全員が登頂を果たしバリ島へ。
その日の夜は現地エージェントさんの登頂祝いディナーに招かれて証明書や記念品をたくさん頂いた。


次の日はバリ島のウブドで観光して

2017年10月24日 日本に帰国。

柴田さん、星野さん、カズさんはこれが最後のサミットで7サミッツを踏破。
みなさんおめでとうございます。
カルステンツピラミッドに登頂するにはいかにヘリに乗るかが鍵である。

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