久しぶりの登山は霧の中

ニュージーランドでのトレッキング以来、数か月ぶりに山を歩いた。ここしばらくは強風やスコールに阻まれて、なかなか出かける機会がなかった。ようやく天気が続きそうな日が見つかり、アラームより先に目が覚めたほど意欲が湧いていた。準備を整え、空を見上げると雲が厚い。予報では「昼前後から晴れる」とあるが、本当にそうなるのだろうかと思いながら登山口へ向かった。
ロープウェイ乗り場の掲示板には「視界不良 風速8m/s」と表示されている。姿見駅に着くと、売店の前で15人ほど様子を見ながら待機していた。外へ出て確かめると、風が吹くたびに一瞬だけ青空がのぞく。これなら歩けそうだと判断して出発した。
何度も登った山だが、ここまで視界がないのは初めて。六合目から先へ進むと風はさらに冷たく強まり、指先がジンジンと痛む。手袋を替えても冷たくて、脇に手を挟んだりポケットに突っ込んだりして、歩いていた。途中で下山してきた人に声をかけると、「視界が悪くて寒いから引き返してきた」と言う。
有料の登山天気サイトでは「Aランク=登山日和」とされていたのに、霧は晴れる気配がない。山頂から戻ってきた学生たちは「何も見えませんでした!でも達成感あります!」とぐっしょりと湿った薄手のウインドブレーカーの奥から目を輝かせて「頑張ってください!」と励ましてくれた。経験者らしき人は「また明日登りに来ます」と冷静に判断していたが、私は”頑張りたくない、途中までで引き返そう”と思いながら歩を進めた。
それにしてもここ最近は、部屋のコードに足を引っ掛け飛び上がり半分宙に浮いたり、、、運転中にこぼしたコーヒで服とシートを染めたのは二度、、、、、それ以外にも、、、、とそんな出来事を次々に思い出していた。いつもなら山を歩くときは無心になれるのに、風の強い霧の中を進んでいたら、そうした事ばかりが頭に浮かんでくる。そして気がついたら、引き返すつもりがそのまま山頂に着いていたのだ。
山頂には10人ほどがいて、達成感に満ちた表情をしていた。太陽は霞んだままだったが、せっかくなので持参した卵サンドを頬張ってから下山を開始した。
濃い霧の中に長くいると服や帽子が湿り、水滴が滴り落ちる。下り道は砂礫で滑りやすく、踏ん張るたびに太腿部に刺激が入る。ゆっくりと脚力を使いながら降りるのは楽ではないが、膝への負担を考えれば賢明だ。駅が近づくと霧が薄れ、時折景色が開けた。多くの人がどんどん登ってくるが、途中ですれ違った、ブランド靴やエコバッグ姿の観光客に目が奪われた。
こういう天気の日は山を登るべきではない。「登山天気Aランク」は予報が外れる場合もあるようだ。翌日もAランク表示だったが、他の登山者が見せてくれた写真には、私が知っている青く澄んだ旭岳が写っていた。
山に向かうときは、天気予報だけでなく装備や自分の体力をよく見極め、できれば誰かと一緒に登ってほしい。今回に限っては人に言える立場にはないが、自然は気まぐれで最強だからこそ、そこには学びと楽しみがあるのだろう。
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