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靴慣らしの日

久しぶりの山歩きで、景信山へ向かった。毎年10月に一緒に山を歩くNonと、いまや山岳会の重鎮となったMihoとの待ち合わせは高尾駅に8時である。小仏行きのバスは1時間に一本しかない。乗り遅れれば次は1時間後だ。

だから私は予め “遅れないように” と念を押していた。

当日の朝、新宿駅のホームで電車を待ちながら、”予定通り、私は7:57に着きます”とNonにメッセージを送った。
電光掲示板を見上げると妙な違和感を覚えた。そこには「特急」ではなく「各駅停車」と表示されていたのである。

その瞬間、嫌な予感が胸をよぎり、時間を見るとすでに8時前になっていた。
つまり、本来なら高尾駅に到着しているはずの時間に、私はまだ新宿駅のホームに立っていたのである。

電車の出発時間を間違えていたことに気がつき、慌てて友人たちに連絡を入れ、急行電車に飛び乗った。こうして、私の久しぶりの山歩きは、見事な遅刻から始まることになったのである。

この日の山歩きには大事な目的があった。新しく買った登山靴を足に慣らすことである。コースは三つほど考えてあり、当日の気分や体調で決めるつもりだった。久しぶりの山歩きである。無理をするつもりはない。

幸いなことに、予定の1時間後の小仏行きのバス停で二人と無事に合流することができた。多少の冷たい視線を覚悟していたが、二人は笑って、いや、呆れた顔を隠して迎えてくれた。そしてこの日は、梅を見るルートを歩くことに決めた。

空は曇りで、空気はひんやりとしている。風はほとんどなく、歩くにはちょうどよい気温である。山歩きにはこういう日がありがたい。

数か月ぶりに会う友人たちとの会話は自然と弾んだ。私は普段、山では黙々と歩くのが好きなのだが、この日は違った。めでたい話題もあり、笑い声が絶えない。山道はいつの間にか、近況報告の道になっていた。

小仏峠を越え、ゆっくり歩いていくと景信山の山頂に着いた。残念ながら富士山は雲の向こうで姿は見えなかった。山頂は静かで、人も少ない。私たちは席を選んで、ゆっくり昼食をとることにした。

この山は、大人気アニメ 鬼滅の刃に登場する柱の一人の出身地という設定があり、関連グッズまで売られている。以前、それをわざわざ見に来たことがあり、今では懐かしい思い出となっている。
40分ほど休憩したあと、体が冷える前に小下沢へと下り始めた。ところどころ滑りやすい場所もあったが、新しい靴のソールはしっかり地面をつかみ、足取りが軽い。靴が変わるだけで歩き心地はこれほど違うものかと感心した。

山はまだ冬の景色。足元にはニリンソウが咲き始め、春はすぐそこまで来ているのを感じた。

山道を抜けて平坦な道に出ると、梅林が見えてきた。この日はまだ中には入れなかったが、外からでも十分に楽しめた。咲き具合は六分ほど。白、淡いピンク、そして濃い紅色の梅が混ざり合い、どこか神秘的な風景をつくっている。

友人たちとたくさん話し、いっぱい笑い、そして新しい靴も足になじんだ。

初代の靴は七年履き続けた。そろそろソールが剥がれそうになり、新調したのである。これからは以前ほど頻繁に山へ行くことはないかもしれない。それでも、足に合った靴は山歩きにとっては非常に重要である。

私の大遅刻から始まった久しぶりの山歩きは、最後に出会った紅梅の控えめな美しさによって、すっかり帳消しになった。と、私はそう信じている。

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