入院

自分の病歴を振り返ると、呆れるほどの回数、入院や手術を経験してきた。体にはメスや腹腔鏡の跡がいくつも残り、それを見ては苦笑いすることもある。だが、その積み重ねのおかげで、入院生活で大切にしたいことや、事前にお願いしておくべきことが少しずつ明確になってきた。
手術にあたっての一番の望みは、術後すぐの夜の痛み止めである。麻酔が切れてくる夜中の時間帯に、痛みの波が押し寄せる。だが夜間は医師の許可がすぐには得られず、処置が遅れることもある。だから今回は事前にお願いし、痛みに対する対応はうまくいった。
しかし、意外な落とし穴が「食事制限」だった。入院初日、運動もしていないのに不思議とお腹が空く。じっとしていることが苦手な私は、7階から階段で1階のコンビニまで往復し、山歩き不足で重くなった体に苦笑した。手術前夜は21時まで飲食可ということで、夕食後に夜食までとったのに、空腹感で眠れなかった。
翌日10時半からは絶飲食。昼を過ぎるとお腹はギュルギュル鳴り、ひもじさで時計ばかり眺めていた。予定の手術時間になっても呼ばれず、空腹と眠気で頭がぼんやりする。そんなとき思い出したのは、エヴェレスト登山の経験だ。登頂日、40時間以上動き続けながらゼリー1袋しか口にできなかったこと。あの時を思えば、数時間の空腹など耐えられる。そう自分に言い聞かせて待ち続けた。
予定より3時間遅れてようやく手術室へ。麻酔から覚めた瞬間、なぜかゴルフのスイングをしている夢を見ていた。病室に戻り、「あと3時間で食べられる」と思うと、おなかが次第に動き出してきた。そして待ちに待った豚汁の温かさは、コンビニ食とは思えぬご馳走だった。
翌朝、摘出した腫瘍の写真を見せてもらうと、ピンポン玉ほどの大きさ。広背筋の上に乗っていたと聞き、背中を使った日の違和感はそのせいかと納得する。今はドレインバッグが外れるまでは静かに過ごすことに決めた。
入院は決して楽ではないが、苦しさの中に発見やユーモアもある。次に備える知恵を一つずつ増やしながら、また前に進んでいこうと思う。
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