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岩登りあるある

手術を終えてから、岩登りを再開するまでには「少なくとも二ヶ月はあけてください」と主治医から言われていた。けれどこの夏、クライミングどころか山歩きさえしていない。そこからさらに二ヶ月も休むなんて、かなり勇気がいる。ということで、予定より少し早めにインドアジムへ行き、まずは筋肉の衰えを実感してみることにした。

それから外岩へ出かけ、『最後に登ったのはいつだった?』と考えても思い出せないほど間があいていた。これまでならアップに使っていたルートでさえ、取りつくとすぐに背中や腕、指先が悲鳴を上げた。今日は二本登ったら終わりになってしまうと思っていたのに、岩に触れているうちに少しずつ感覚が戻ってきた。

気づけば “いけるところまで‼︎” と11台のルートに全身全霊で挑んでいた。力を出し切り、何度もテンションをかけながらも、なんとか終了点へ到達。指の皮が柔らかくなっていたせいで、内出血しながらのトライだった。もう限界!と思ったタイミングで空が暗くなり、雨が降り出しそうになった。まるで「今日はここまで」と岩に言われたような気がした。

後日、再びインドアジムへ行くと、一面のルートが新しくなっていた。一緒に練習しているMr. Satoも、久しぶりの練習だというのに、アップが終わるとすぐに新しい11bに挑戦。ビレイをして見ていると、焦る様子もなく軽やかにオンサイトを決めてしまった。降りてくるなり、「これ、登ったほうがいいよ」と言う。しばらく練習していなかった私は、体力も持久力も不安で、今日は遠慮したい気分だった。すると彼は、「ドライバーショットより簡単だから」と笑う。まわりの人たちも「これは登りやすいルートだよ」と口をそろえる。しまいには子どもまで「これ簡単」と言うものだから、そこまで言われ登らないわけにもいかない。ドライバーより簡単なんだよねと脚をしっかり使って慎重に挑んだ。すると、まさかのオンサイト成功。このグレードを一撃で登れたのは初めてのことだ。普通なら飛び上がって喜ぶところなのに、『これはグレード設定が甘いんじゃ…?』と疑ってしまう自分がいた。

クライマーには、自分の限界に挑戦して何度もトライして登れたときの方が、一撃で登れるより嬉しいという人が多い。すぐ登れてしまうと『お買い得ルートだったな』と、どこか自分に厳しい。私はたとえ優しい課題でも登れたことを素直に喜べるタイプだったのに、この日はなぜかそう思えなかった。きっと次に行ったらホールドが修正されるか、グレードが下がっているだろう・・・そんな予感がする。

クライミングとは、いつも自分との真剣勝負だ。インドアジムには、常に張りつめた空気が流れていて、その空気感にのみこまれ練習したくないこともあった。

最近の私は、ようやく自分の体調を受け入れ、挑戦する側ではなく“続ける側”でいることに意味を感じるようになった。みんながどんどん上達していっても、焦らず、比べず、今の自分のペースで楽しめばいい。岩の前に向かう、あの湧き上がる静かな高揚と恐怖感が戻ってきただけでも、もう十分だと思える。

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