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ケニアへ「7大陸アフリカ編1」ケニア山

4月にケニア山とキリマンジャロへ行くことを最終決定した、まだその頃体調が悪くなかったから大丈夫だっと思っていた。出発が近づくにつれて次第に不調が増え、多少の不安はあった。それでもどのくらいできるかを試してみたかった。色々な準備を進めてパッキングを始めた頃にマラリアが怖いんだと知らされた。地球上で最も多くの人の命を奪っている生物は蚊だというから刺されないためのグッズを色々取り揃えた。

標高2000mを越えれば蚊の心配はいらないが、町では気をつけた方が良い。蚊取り線香、電気式に、スプレーもの、そして米軍推奨のインセクトシールド。万が一に備えて、マラリアの予防治療薬も準備した。

日本出国は2016年7月25日の夜。羽田からドーハ経由でナイロビへ飛んだ。現地ガイドさんと空港で待ち合わせてナイロビで一泊した。翌朝はお迎えの車で赤道を越えて、ケニア山の登山口であるシリモンゲートへと向かった。

登山口にはたくさんのチームメンバーが待っていて私のためにこんなに大勢の人がいるのかと思うと少したじろいでしまった。全員の名前はとても覚えられないからまず最初はジェイムスだけにしておく。

荷物は運んでもらえるから私は身の回り品だけを背負えば良い。標高は2660mゆっくり歩いていると、ポーターさん達はどんどんと抜かしては道の先へと消えて行った。

歩いているうちに辺りが暗くなり次第に雨が降り始めた。その雨は徐々に強まり、雨具が必要になった。強まる雨は少しづつ体を冷やし、皆無言になっていた。手が冷たくなりだんだん痺れきた。キャンプ場まではどのくらいなんだろうか?予想以上に寒いけど大丈夫なの?と不安がよぎる。あとどのくらいあるのか?とも考えられなくなり無の状態で進んでいると小屋に着いた。ドアを開けると薄暗がりの中に十数名の人が座っていた。元気よく挨拶をしたくてもその気力は無くてダイニングの奥へ進み、濡れた服を脱いだりしばらくは深呼吸していた。ここは既に3300mの標高だからゆっくりと動く。小屋奥の部屋にも泊まれるけれど落ち着かないので私たちは外にテントを張る。

隊長がテントを設営してくれている間に温かい飲み物を頂き、シェフたちが食事の準備をしてくれた。各グループがそれぞれのシェフやポーターを雇うスタイルで、メニューは様々。翌朝からの食事は出来合のソースとか調味料を使わず塩・胡椒にバターで料理するようにお願いして、岩塩を渡した。テントに泊まり、夜のトイレはボトルへの生活が始まった。

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