ベースキャンへ再び「エヴェレスト〜7大陸アジア編37」2023年

初めてのキャンプ1とキャンプ2での生活は、呼吸が苦しいだけでなく日照りの暑さと日没後の寒さ、さらにはジェットストリームの天気に見舞われた。風が強すぎて最後の順応は目的地へは行けなかった。今はとにかくベースキャンプでゆっくりしたい。食事はとても美味しく感じるし、髪の毛を洗えば身も心もスッキリ。初めの頃の苦しいベース生活が今では楽園となっている。
戻ってきた翌日にAkkyがダウンロードしてあった8000m峰を最短で登頂するというドキュメンタリー映画を3人で鑑賞した。天候だけではないさまざまな困難を乗り切っての記録には、感動と賛美の気持ちで胸が熱くなり3人とも言葉なく涙した。
何をしていても次の出発と登頂へ向かう日がいつかと頭の中で考えている。体を休めながら、登頂へ向けた食事や飲み物などの確認をして荷物を少しずつ作っていた。
ペットの写真を見ると力が湧いてきて、日本とのビデオ通話はとても嬉しい。しかし、ここでの生活との温度差に戸惑いも感じることもある。今回ダメでもまた挑戦すれば良いと励まされても、そうだねとは思えなかった。来てみたら想像以上に大変で、これをまたやるのかと思うと気が遠くなってしまう。1回目の敗退はチベット側からだったからもう一度やって見たい!と思ったけれど、もし一回目が今回のネパール側からだったなら同じ気持ちになったかはわからない。2回挑戦出来ている事はとてもありがたい。私の人生はツイている事が多いから頑張るぞ!ではなく、運命みたいなものに任せて、行けるところまで行ってこようという気持ちになっている。
未知の世界へ行くための準備は、まず荷上げしに行くミンマ達に身の回り品を渡すこと。私たちの今回の凍傷予防対策は電熱ソックスと手袋、靴は歩きにくい高所靴ではなく、一つ下のグレードの靴にオーバーブーツを履く。充電半分のリチウム電池を満タンにして、無くしたら困る物は当日に運ぶように準備した。
時間があるのに、皆ソワソワして、話題と言えばうなぎ。関西風の焼いただけのうなぎを東京のどこで食べられるかと色々調べたり。その合間に天気予報とその情報収集で、今のところ16日に出発して山頂を目指す予定になった。
次の日からタンクを背負いマスクして散歩を始めた。私は今まで荷物を背負わずにいたからタンクの重さを感じておいた方が良いと思った。
散歩の途中で今回ベースキャンプをシェアする日本の方たちがやって来た。隊長は田村さん、数年ぶりの再会だった。私を見て何をしているのかと聞かれ歩く練習していると答えたら大笑いされた。田村隊はプモリに登る予定だそうだ。
田村隊には咳をしているメンバーがいて、今体調を崩すわけにはいかないからと勇気あるAKkyはマスクをして欲しいと頼んだ。この数日ダイニングテントには他のシェルパさんやアンドレアスが遊びに来てくれた。話題は当然のことながらいつ出発するのかについての様々な意見だった。
そして、急遽明日の深夜に出発することになるかもしれないとなり、そうなると明日は慌ただしい日になりそうだ。