山へ行くための病院巡り
キリマンジャロへ向けて準備を始めたい。しかし、放射線治療後2ヶ月は2000mを超えた山へはドクターストップとなった。つまり2016年6月11日以降から本州の山へ行ける。出発前には前穂高や富士山へ登り体調を見てみておきたい。それに合わせミウラドルフィンズの低酸素室へ行ってきた。4500m相当の酸素濃度の部屋で90分過ごす、久々だったからか腹筋と背筋が締め付けられる感じがあった。
トレーナーさんに今後のことを相談すると東京医科大の渡航者外来を紹介してくれた。肺水腫になった写真を見せて、高所へ行けるのか意見を伺いたかった。肺の機能検査では右肺中葉に炎症の影があり、これは放射線治療が原因だという。
肺活量は120%、ガス交換機能は100%を超えていたので機能していない部分があっても問題はないという。「山へ行くなと言っても、行くでしょう?」注意事項を守って行ってきなさいと言われた。さらに気になることは他にもあった。ホルモン分泌を抑える注射をして2ヶ月を過ぎたくらいに月経が止まり、それに伴いイライラ感、感情の乱れ、不眠、酷いほてりと発汗に見舞われていた。
つまり更年期症状である。本来は数年かけて減少して行くエストロゲン、それを数ヶ月で強制的に分泌を抑えたら身体がついていかない。一番苦しいことは一晩に何度も目が覚めて、その度に全身が燃えるように熱く、大量の汗をかいてしまうこと。毎日が寝不足でイラつかずにはいられない。
これは3年経った今でも続いている。眠剤を処方しましょうかと言われたが高所登山をする上では安定剤も、眠剤も飲めない。試した漢方薬も合わなくて、慶應義塾大学病院の漢方外来にすがった。
診察でこんなに辛くっても重症ではないという。治療もあることだし、1年くらいはゆっくりしていたらどうか、健康ではないけれど元気だからねと言われた。それを聞いて思わず頭をもたげ、言葉に詰まった。今の治療がうまくいかなくて再発してしまったら・・・・とか。本当はもっと重症で実は知らされていないだけのかもしれない・・・・。5年後生存率を考え、また運の悪い方の確率に当たるかもしれない・・・と考えてしまった。メンタル面は常に後ろ向きだった。1年じっと過ごすことなど自分の選択肢にはない。今思えば、焦っていたのだ。死に対する意識と、明るくないと思えた将来に押しつぶされていたのだと思う。だから、震え声で泣きながら「それは困ります、なんとかしたいからここにきたんです」と訴えた。おかしな人とだと言われたが、治療を副作用を和らげる漢方薬に加えアフリカへの出発前には高い山に役立つ薬の処方もしてくれてた。
ケニアとタンザニアへ行くので渡航前には予防接種も必要だった。黄熱病のワクチンは特殊で、接種実施日や接種可能な場所が少ない。抗体ができるのも接種して1ヶ月くらいかかるそうだ。近くの会場に電話しても予約は埋まっていた。電話では健康状態などを含め現在の治療中の内容を聞かれた。細かく話すとそういう場合(癌治療中)は大学病院へ行ってくれと言われた。
大学病院の方が予約が取れず、このままだと出発に間に合わないので横浜の検疫所へ行きイエローカードを取ることにした。その前にはA型肝炎、破傷風もほかのクリニックで済ませた。渡航の為の予防接種を受けるのも簡単にはいかない。