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A.B.C. 生活3「エヴェレスト ~7大陸アジア編16」2019年

5月2日 風は依然として強い。それでも昨日よりは弱まったので、クランポンポイントまで順応しに行く事になった。キャンプサイトを抜けるのは初めて、奥には中国隊とロシア隊のキャンプがあった。ここでもロシア隊のキャンプはとても立派。サイト近くは平らな道が続き離れるにつれて緩やかに上がりながら足元が徐々にガレて次第に雪が出てきた。

歩くペースがうまく掴めない。歩いていると頭がキュンキュンとなる。立ち止まれば楽になり歩き出すと苦しくなる、これを繰り返してポツポツと進んでいた。風が吹けば体温が奪われて寒くなり止むと太陽の熱が体を照らして暑い、体感温度も極端なのがここの気候。頭を上げ前方を見るとノースコルに人の列が見えた。

傍観しながら足を前に出して呼吸を意識して・・・・。歩いているけどなかなか距離が縮まらない。そんな感覚にどことなく重たい体を無心に動かしてクランポンポイントに着いた。ここは平な場所で各隊のクランポン(アイゼン)などを樽に入れて上のキャンプへ行く時まで置いておくところ。ここまではアイゼンは使わないので無駄に荷物を重くしないためにも一時的に保管しておくのが良い。

私達は一度長めに休憩をしてもう少し先まで歩く事にした。ちょうどなだらかな丘が終わり足元が凍っていないところ、A.B.C.からは標高200m上がった6600mのあたりで引き返えした。テカテカに光った丘の先にはユマール(登高器)が始まる場所がある。ノースコルを見据え、さらにその上を見上げると山頂付近に強い風が吹いているのが見えた。

目指すところはまだまだ先、ずっとずっーと上なんだと思い知らされた。キャンプに戻ると13時になっていた、3時間半の順応トレッキングを終えてゆっくりお昼を食べた。
スープとパスタがとても美味しいくて体がホッとした。ダイニングにはワインが並べられ机周りが以前より快適に整頓されていた。

天気も落ち着いてきて食後に自分のテントで休んでいたら緊張が緩んだのか何故か涙がこぼれてきた。理由はわからないけれどそうしたらふぅーっと気持ちがスッキリした。食べるとすぐトイレへ行くほど腸は敏感になっていたけれど全体的には悪くない感じであった。

〈痛哭なお知らせ〉
このブログを開設するにあたり大変お世話になった方が他界してしまいました。
どんな時も元気で前向き、その笑顔にたくさんの元気をいただきました。毎回違うスタイリッシュな眼鏡を掛けては「こうしていたら皆んなが覚えてくれるでしょう」と言っていた。お酒に強くて山や自然をこよなく愛していた。2019年のエヴェレストへ出発する前にチジミや参鶏湯ラーメンを食べながら薔薇がたくさん入った大きな花束を渡しながら「生きて帰ってくるのよ!」とウィスキーで乾杯をした。どんな人とも必ずお別れの時がやって来る、けれどそれが突然起こってしまった。今はただ驚きで胸が締め付けられ悲しみの淵に立たされていますが、一緒に過ごせた素敵な時間を忘れずにこれからも大切にしていきたい。そして、次回のエヴェレストチャレンジも生きて帰ってきます。私には癌という病気も、山という危険なチャレンジもあるけれど、命の尊さを改めて彼女から教えていただきました。頂いたたくさんのご縁をこれからも繋いで参りたいと思います。
心からお悔やみ申し上げます。

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