A.B.C. 生活3「エヴェレスト ~7大陸アジア編17」2019年

5月2日 依然として風が強い。それでも昨日よりは弱まったので、クランポンポイントまで順応しに行く事になった。キャンプサイトから出るのは初めてで、奥には中国隊とロシア隊のキャンプがあった。ここでもロシア隊のキャンプはとても立派だ。サイト近くは平らな道が続き離れるにつれて緩やかに上がり、足元は徐々にガレて次第に雪道へ変わった。
歩くペースがうまく掴めず、頭がキュンキュンとする。立ち止まると楽になり歩き出すと苦しくなるのを繰り返し、ポツポツと進んでいた。体感温度は極端で、風が吹けば寒くて止むと太陽の熱が体を照らして暑い。頭を上げ前方を見るとノースコルに向かう人の列が見えた。
傍観しながら足を前に出して呼吸を意識して・・・・。こんなに歩いているのになかなか距離が縮まらない、そんな感覚で重たい体を無心に動かしていたらクランポンポイントに着いた。平で広い場所には樽が点在し、その中に各隊のクランポン(アイゼン)などを入れて、上のキャンプへ行く時まで保管する場所になっていた。不要な物は先に置いておき、少しでも移動の荷物を軽くする策である。
私達はここで長めの休憩をして、もう少し先まで歩く事にした。ちょうど緩やかな丘が終わり足元が凍っていないところ、A.B.C.から標高200m上がった6600mの辺りまで行って引き返えした。テカテカに光った丘の先にはアセンディング(登高器操作)が始まる場所がある。ノースコルをじっと見つめ、さらにその上の山頂付近には強い風が吹いているのが見えた。
目指すところはまだまだ先、ずっとずっーと上なんだと思い知らされた。キャンプに戻ると13時、3時間半の順応トレッキングを終えてお昼をゆっくり食べた。スープとパスタがとても美味しいしく体がホッとする。ダイニングにはワインが並べられ机周りが以前より快適に整頓されていた。
天気が落ち着き、自分のテントに戻って休んでいたら緊張が緩み涙がこぼれてきた。理由はわからないけれどそうしたらふぅーっと気持ちがスッキリした。腸は敏感になっていて、食べるとすぐトイレへ行く必要があるが全体的には悪くない感じであった。
〈痛哭なお知らせ〉
このブログを開設するにあたり大変お世話になった方が他界してしまいました。どんな時も元気で前向きな彼女の笑顔にたくさんの元気をいただきました。毎回違うスタイリッシュな眼鏡を掛けて「こうしたら皆んなが覚えてくれるでしょう」と言っていた。お酒が強くて山や自然をこよなく愛していた。2019年のエヴェレストへ出発する前にチジミや参鶏湯ラーメンを食べて、大きなバラの花束をいただき「生きて帰ってくるのよ!」とウィスキーで乾杯をした。どんな人とも必ずお別れの時がやって来る、けれど心の準備もないまま突然起こるなんて。今はただ驚きで胸が締め付けられ、悲しみの淵に立たされていますが、一緒に過ごした素敵な時間を忘れずに大切にしていきたい。そして、次回のエヴェレストチャレンジも生きて帰ってきます。私には癌という病気も、山という危険なチャレンジもあるけれど、命の尊さを改めて彼女から教えていただきました。頂いたたくさんのご縁をこれからも繋いで参りたいと思います。心からお悔やみ申し上げます。